千里 ニュー タウン バプテスト 教会。 沿 革

沿 革

千里 ニュー タウン バプテスト 教会

学生たちはどんな建物が与えられているか興奮していましたが、行ってみて、その大きさ、というより神の奇蹟の御業にただ驚くばかりでした。 開校式は、1968年3月31日に西宮北口バプテスト教会(当時駅前の幼稚園の建物を借用)で行われました。 先生方は、日本語を学びながら、とても熱心に教えていました。 中)シスク師と新しい神学校を見に来た学生たち。 購入が決定するとシスク師、ホワイト師、マーカム師、ラニール師の4人の先生方は、学生たち全員をご自分の車に乗せて神戸に連れて行って下さいました。

次の

沿 革

千里 ニュー タウン バプテスト 教会

下駄箱もなく自分の靴を持って上がらなければなりませんでした。 1969年には、新たな伝道献身者が与えられ、さらに教室が必要となってきました。 学生たちは、その小さな聖書学校に通学し、シスク師とマーカム師は芦屋から、ホワイト師は西宮から、そしてラニール師は神戸から、それぞれの宣教活動をしながら教えに来ていました。 さらに同窓会「バプ友会」が発足し、卒業後各地で主に仕えている卒業生の交わり、また支援の輪が広がっていきました。 芦屋に移ってからは、科目も充実し、説教学、伝道学、比較宗教学、牧会学、モーセ五書、解釈学、ギリシャ語、へブル語、ピアノ、コーラス等、現在も神学校で教えられている科目が提供されるようになりました。 東京・渋谷での伝道の働きが実を結び、多くの方々が救われ、教会に加えられ、素晴らしい教会が形成され教会が建てあげられている報告を聞き、一同主の御名を崇める時となりました。

次の

シティバプテスト教会 独立感謝報告集会

千里 ニュー タウン バプテスト 教会

。 ・神戸時代:1980年代~ 卒業生たちの救霊の熱い思いは、さらに燃やされ、教会のない地域に開拓にでかける者、海外に福音を届けるために立ち上がる者が豊かに与えられていきました。 神戸の方に神学校のための土地と建物が与えられるようになったというのです。 神学校の歴史を振り返りますと、その時代により装いや設備は変わってきましたが、この40年間変わらないものがありました。 開校当初は、芦屋市川西町の二軒の借家で授業が行われていました。 I)の三教会(西宮北口バプテスト教会・千里ニュータウンバプテスト教会・西舞子バプテスト教会)は、ますます祝福され、新たな伝道献身者が起こされていきました。

次の

沿 革

千里 ニュー タウン バプテスト 教会

しかし、移転当時は、神学校に大きな礼拝堂と二軒の宣教師館があっても、12人の学生たちが住む寮と聖書を学ぶ教室がまだありませんでした。 聖書言語や神学などの提供科目も充実し、上級牧会神学科コースも新設されました。 当時、ドン・シスク師が開拓された千里ニュータウンバプテスト教会には、宣教一年目にもかかわらず、5人の伝道献身者が与えられました。 「主は私たちのために大いなることをされ、私たちは喜んだ」(詩篇126篇3節)がまさに学生たちの心境でした。 ・神戸時代:1970年代~ 神学校は神戸に移転してからも続けて豊かに祝福され、学生は関西だけからでなく、北は北海道から南は沖縄からも入学してくるようになりました。 そこでシスク師をはじめ、宣教師の先生方はまた祈り、犠牲的にささげられ、最初の建物が建築されることになりました。 また、卒業生だけでなく、学生数もさらに増え、男子寮も女子寮も、そして教室もいっぱいとなりました。

次の

沿 革

千里 ニュー タウン バプテスト 教会

」マルコ1章38節. まもなくしてシスク師と相手側の話し合いがもたれ、購入することが決まりました。 主は関西単立バプテスト神学校が更に多くの訓練を受けた伝道者が各地に遣わすためにこのような土地と建物を下さったのです。 そのような卒業生たちの救霊の熱い思いから、初代委員長フレーザー師のもと「日本単立バプテスト宣教協会(JIMBS)」が設立されました。 神学校が始まったばかりで、学校にはまだ何も財産がなかった時であったからです。 そこにも福音を知らせよう。 音楽面でも、ホワイト校長の指導のもと、神学校の聖歌隊はクリスマスやバイブルカンファレンスで豊かに用いられ、諸教会の礼拝賛美に素晴らしい影響を与えました。 また、この頃ロバート・リーガル師と神学校聖歌隊及び諸教会の有志の兄姉で編成された聖歌隊復活祭音楽コンサート「キリストの最後の7つのことば」を行いました。

次の

沿 革

千里 ニュー タウン バプテスト 教会

そこでさらに学校の設備を充実させるために新しい校舎と寮が必要になってきました。 下)阪神淡路大震災で校舎は半壊しましたが、当時の神学生たちは続けて学び、また再建のために犠牲的によく働きました。 そして卒業生の働きは、世界中に広がっていきました。 もうひとつは、そこから60~70メートルほど離れたところにある一軒家で、神学校の本館となっていました。 シティバプテスト教会は現在、毎週平均55〜60名が礼拝に集う群れに祝福されています。 そして、この理念はこれからも受け継がれていくことでしょう。

次の